介護のことを、よく考える。
技術のことではない。
制度のことでもない。
もっと手前の、
人そのもののことだ。
なぜ人は生きているのか。
なぜ人は老いるのか。
なぜ人は、存在しているのか。
そんなことを、考えてしまう。
最初の違和感
介護の仕事をしていると、
いろいろな人に出会う。
歩けなくなった人。
言葉が出なくなった人。
記憶が失われていく人。
その人たちと向き合うたびに、
ふと疑問が浮かぶ。
この人は、何を感じているのだろう。
認知症の人は、
何も分かっていないのだろうか。
重い障害を持った人は、
何も感じていないのだろうか。
本当にそうなのだろうか。
自分のこと
実はこの問いは、
人のことだけではない。
自分のことでもあった。
私は一度、
仕事の中で心が折れたことがある。
いわゆる
仕事うつだった。
そのとき、
ふと頭に浮かんだ。
「自分が生きている意味って何だろう」
仕事ができない。
役にも立たない。
そう思ったとき、
自分の価値がなくなったような気がした。
重い障害を持つ子ども
以前、
重度心身障害児のリハビリに関わったことがある。
その子は、
ほとんど体を動かすことができなかった。
言葉もない。
反応も小さい。
そのとき、
私は考えてしまった。
この子は何を感じているのだろう。
そしてもう一つ。
親は、この存在をどう受け止めているのだろう。
その問いは、
簡単には答えが出なかった。
石ころの話
あるとき、
こんな話を聞いた。
施設のおばあさんが、
散歩のたびに石ころを拾って帰ってくるという。
ポケットいっぱいに石を入れて。
周りの人が聞いた。
「どうして石なんて拾うの?」
すると、おばあさんは言った。
「外にいたんじゃ寒かろう」
その話を聞いたとき、
私は妙に引っかかった。
石ころに、
寒いも暑いもあるだろうか。
石ころは、
ただの石だ。
役に立つわけでもない。
それでも、
そのおばあさんには
石ころが「そこにいるもの」に見えたのだろう。
人も同じなのだろうか
その話を聞いてから、
ときどき考える。
人も、
石ころと同じなのだろうか。
役に立つとか。
立たないとか。
そんなこととは関係なく、
ただそこに存在している
それだけで、
意味があるのだろうか。
人も同じなのだろうか
その話を聞いてから、
ときどき考える。
人も、
石ころと同じなのだろうか。
役に立つとか。
立たないとか。
そんなこととは関係なく、
ただそこに存在している
それだけで、
意味があるのだろうか。
介護という仕事
介護の仕事は、
食事を手伝ったり
体を支えたり
生活を助けたりする仕事だ。
でも、
それだけではない気がする。
介護の現場にいると、
人の価値とは何か
という問いから
逃げることができない。
だから私は、
介護のことを考えているのかもしれない。
本当は、
介護を考えているのではなく、
人のことを考えているのかもしれない。
答えはまだ出ていない
正直に言うと、
私はまだ答えを持っていない。
人はなぜ生きているのか。
人の価値とは何なのか。
その答えは、
まだ分からない。
ただ、
介護の現場にいると、
その問いを
何度も思い出す。
そしてまた、
考えてしまう。
もしかすると
もしかすると、
介護という仕事は
体を支える仕事ではなく、
人の存在を考え続ける仕事
なのかもしれない。
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